クライエントセンタードセラピーの無条件性の話

今日は休みだったので紀要を読んでいた

休日に読む論文なんて、なんて内的な動機なんだとおもう

ロジャーズ、おもしろい

今日読んだのは「体験的な立場から見た無条件の肯定的配慮(中田行重,2015)」

この紀要は、パーソンセンタードセラピーの中では体験的技法学派の Lietaer の書いた論文を要約して、無条件の肯定的配慮について論じたもの

線引きしたところ書いてみる

無条件の肯定的配慮(Unconditional positive regard)は、肯定的配慮(positive regard)、非指示性(nondirectivity)、無条件性(unconditionality)、の3つの要素からなる

クライエントセンタードセラピーの主要な目的は、クライエントの体験過程を改めて動き始めるようにし、今までより豊かで柔軟に機能するように援助すること

無条件性は自己一致と共に、セラピストがクライエントの体験世界に細やかに反応するための土壌である

クライエントの行動そのものに関しては、わたしは自分の限界をクライエントに伝える

ちょっとした触れ合い(encounter)で、私の苛立ちが鎮まることがある。クライエントと私とは別の人なのだと、当たり前のことに気が付くからである。しかし、この瞬間が起こらないと、セラピーは決して成功しないと思ってしまう

私は基本的なクライエントセンタードセラピーの態度を急ピッチでトレーニングするような特訓には懐疑的である

クライエントセンタードセラピー学派において、専門的治療関係と実生活での関係の境界は多学派より曖昧である

Rogersはエンカウンターグループについて次のように書いている。「リスニングにおいて、私が選択的であることは疑いようがなく、それゆえ”指示的”であると言えるだろう。わたしはメンバーの話に集中しているが、妻とどんな喧嘩をしたかとか、仕事がどう大変かとか、その場の意見になぜ賛成できないのかとか、そんなことの詳細にはほとんど興味がない。関心があるのはこれらの体験が今の彼にとってもたらされている意味(meaning)と彼の中に引き起こされている感情(feeling)である。わたしが応答しようとしているのは、その意味と感情に対してである」

直面化は、無条件の受容と調和しえるものである

以上

「無条件性」に関して、パーソンセンタード学派内でも意見が別れ、ロジャーズ自身も主張を変えている

何本かの紀要を読んでみて考えたことを書いてみる

セラピストがクライエントの体験にオープンでいることが「無条件の積極的な関心」であり、それを可能とする土壌として自身の体験にオープンでいることが必要であり、それが「一致」なのではないかと思う

無条件性に関しては、未だ語られていない未知のものに対して無条件にオープンでいることが必要であって、すでに語られたものに対しては無条件である必要はないのではないかと思う

そうなるとやはり、伝えるか伝えないかとか、セラピストの自己開示とかの議論につながっていくように思う

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。