社交不安への認知行動療法のすすめ方

社交不安への認知行動療法

 カウンセリングルームには、日中お仕事をされている方、悩み事がありながらもなんとか社会生活を送れている方が多くみえられます。社会生活を送っていると必然的に人と接する機会も多く、「社交不安症状」で悩んでおられる方が多いです。

社交不安症状とは

  • 人前に出ること、人と関わることに強い恐怖や不安を感じる
  • 人の視線があると過剰に緊張する
  • 恥をかかないか過剰に心配になる
  • 顔が赤くなってないか気になる
  • 緊張して声が震える
  • 迷惑に思われないか、拒絶されないかなど、人の評価が過剰に気になる
  • 人に意見できない
  • 文字を書く時手が震える
  • このような場面を必死に避けようとする

 動悸、震え、めまい、汗をかく、胃腸の不快感、下痢などの強い生理的症状が現れるのも特徴です

 社交不安症状は、不安になる、恥をかく、などの「自分の感情が主体のもの」と、人に迷惑と思われる、人を不快にさせる、などの「他者の感情が主体のもの」にわけられ、前者は社交不安、後者は対人不安とも言われます

 カウンセリングを受けると、不安関連の問題は比較的早く改善が見られます。
 TRACE高宮の「カウンセリングの効果と目安」のページには、カウンセリングを受けた回数と不安の変化を載せていますが、「第1セッションから第2セッションの間に不安が大きく軽減する方が多い」という傾向が見られています。

 それはいいことなのですが、少し良くなったところですぐにカウンセリングをやめられる方もおられます。その後もよくなっていけばいいのですが、そう順調にもいかないのではと思います。「落ち着く」ということと、「よくなる」ということは似て異なることなのです。

 カウンセリングに来られたら、「症状がいつから始まったか」を聞くのですが、多くの方が「小学校から高校生の間に始まった」と言われます。

 そして、社交不安を持ちながらも、うまいこと症状が発生する場面を避けて生活してきたけれど、就職や配置換え、昇進といった環境の変化を契機に避けることが出来なくなった、または、叱責や失敗、クレーム対応などの強いストレスを経験して症状が悪化した、この2つのプロセスでカウンセリングに来られるように思います。

 先に医療機関へ行かれている方も多いのですが、「行ったけど変わりなかった」と言われる方も多いです。疫学的にはどうか調べてみても同じような結果でした。

社交不安症の特徴

  • 一生の間に7人に1人が社交不安症の状態に陥る
  • 発症年齢は平均13歳、75%の人は8-15歳の間に発症する
  • 社交不安症状を性格と思っている人が多い(治療しようと思った事がない)
  • うつ病やアルコール依存など併存疾患が生じやすい
  • 治療をせずに自然に治ることは少ない(自然寛解率3,4割)

認知行動療法の効果

 社交不安症で病院へ行った場合、最も多く行われることは薬物治療です。
 そして薬物治療で十分に良くなる方もおられれば、なかなか良くならない方もおられます。標準的な治療である抗うつ薬による治療は、治療反応率4から7割、寛解率1から3割と極めて低いことが示されています。そして第2選択肢としてカウンセリングが選択されることもあれば、ひたすらお薬を出し続けるお医者さんもおられます。

 イギリスではこれは逆で、まずカウンセリングが推奨され、中等度以上の症状がある場合に薬物治療の併用が検討されます。

 カウンセリングの中では認知行動療法の効果が、日本人を対象としても検証されています。
 治療抵抗性の患者さん(薬物療法を行ったものの改善が見られなかった)に対して、週1回60~90分、全16回の認知行動療法を実施し、薬物治療単体と、認知行動療法の併用が比較されています。
 その結果、薬物治療単体では治療反応率10%、寛解率 0 %であったのに対し,認知行動療法を併用すると、治療反応率85.7%、寛解率47.6%であったことが示されています。

※治療抵抗性=SSRIを用いた薬物療法を、十分な量・十分な期間(12週以上)受けたが、中等度以上の社交不安症状を有する(LSAS > 50)、または認容性の問題により内服を継続できなかった者
※治療反応率=31%
以上  LSAS得点が減少した人の割合
※寛解率=36点以下に LSAS得点が減少し、かつ診断を満たさない状態になった人の割合

 つまり、社交不安症で病院へ行き、出された薬を充分に飲んだけども改善が見られない場合、そのまま薬を飲み続けても、ほとんどの方はよくなる期待が持てず、認知行動療法を併用した場合は、8割以上の方に効果が見られ、5割の方は診断から外れる状態までの改善が期待できるということです。

 この研究ではその後長期的な効果についても検証されています。治療終了 1 年後の時点で、認知行動療法を受けた85.7%(18/21名)が顕著な改善を維持し、57.1%(12/21 名)は診断から外れた状態を維持していました。

 このような事実を聞くと、「社交不安症の人は認知行動療法を受けたらいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、認知行動療法を受けられる場所というのは、実はありません。

 理由は大きく2つあります。1つは認知行動療法で算定できる保険点数が低いからです。
 認知行動療法は2016年より医師と看護師の実施を対象に保険点数が算定できるようになりました。30分以上の実施で、医師の場合480点、看護師の場合350点です(利益にすると4800円と3500円)。医師が1日8人に実施したとして、38400円です。この仕組みでは病院は大赤字です。そして医師も看護師も人員的にギリギリで仕事をしていますので、1人の患者さんに30分もつくことが出来ません。

 もう1つの理由は、実施出来る人がいないからです。
 厚労省の協力を得て毎年養成研修が行われ、終了者も増えてきていますが、保険点数をとれるようになるまでの要件が厳しく、実際に実施できる人はほとんどいません。ちなみに福岡の精神科/心療内科でマニュアルに沿った正式な認知行動療法を受けられる病院というのは聞いたことがありません。
 マニュアルは以下のように構成されています

認知行動療法マニュアル

  1. アセスメント面接
  2. 認知行動モデルの作成(ケースフォーミュレーション)
  3. 安全行動と自己注目の検討
  4. 否定的な自己イメージの修正
  5. ビデオフィードバック
  6. 注意シフトトレーニング
  7. 行動実験
  8. 最悪な事態に対する他者の解釈の検討(世論調査)
  9. 「出来事の前後で繰り返しやること」の検討
  10. 自己イメージと結びつく記憶の意味の書き直し(Rescripting)
  11. 残っている信念の検討(スキーマワーク)
  12. 再発予防

 このような理由もあって、社交不安症で病院へ行っても認知行動療法は受けられず、薬物治療を受け続ける他に選択肢がないのです。

 また、ほとんどの患者さんには仕事や生活がありますので、毎週1回、全16回、4か月間休まずカウンセリングに通える方というのも非常に少ないように思います

 TRACE高宮はどうかというと、わたしも厚労省の社交不安症の認知行動療法研修は受けたことがありません。マニュアルと全く同じものを実施することは出来ませんので、ここからはTRACE高宮で社交不安症の認知行動療法を受ける場合どのようなことがなされるかを書いてみます

TRACE高宮での社交不安の認知行動療法

1.社交不安が日常生活にどのような影響を与えているか明らかにする

 医療機関であれば、予診がとられ、主治医による診察がなされ、診断がなされ、その治療の1つの方法としてカウンセリングが指示される、という流れになりますが、TRACE高宮は医療機関ではありませんので、「何に困ってカウンセリングにきたのか」を聞くところから始まります。そしてお話を聞くなかで、「日常生活に影響を与えている大きな問題が社交不安である」、ということが明らかになっていく過程があります。社交不安症以外にも疾患や症状を持っている方もおられますので、どの悩み事がどの症状から起きているのかを明らかにしていきます。加えて、LSAS、PHQ9、GAD7などの症状評価尺度を用いて症状の程度を把握します。

2.症状を対象化する

 何が社交不安症状で、それがどのように維持されているのかを明らかにしていきます。多くの方は、悩み事が自分の性格による問題だと思っており、それが、「ある仕組みによって維持されている、改善可能な問題である」ということを知らない方が多いです。社交不安症状は以下の要素から循環的に捉えます

社交不安症状のとり方

  1. 不安、緊張が生じる場面
  2. 自動思考(その場面で頭をよぎる言葉) と自己イメージ(その場で自分がどのように見えていると思うか)
  3. 感情と身体の反応
  4. 安全確保行動(不安を避ける行動、不安を減らす行動)

3.社交不安に逆らう

 最初は社交不安を「現実」と思われている方が多いですが、仕組みをわかっていく過程で、現実と思っていたものが「場面と思考」によって構成されていると理解され、そして「場面と自分と症状」によって構成されていることが理解されていくように思います。

「現実」→「場面と思考」→「場面と自分と社交不安」

 社交不安を症状として対象化出来たら、これまで社交不安の言われるままになることで症状が維持されてきたことが理解できます。「自分が内気だから」「自信がないから」というものの見方でなく、「社交不安が自分に何か言ってきている」と違和感をもって捉えられるようになります。外在化とも言い、これができると社交不安は治りやすくなります。

社交不安の言ってくること

  • 「震えてるのを知られると見てる人を心配させてしまうよ」「人を心配させてはいけないよ」
  • 「意見すると相手が不機嫌になるよ」「人を不機嫌にさせてはいけないよ」
  • 「緊張して座り込んでしまうよ」
  • 「失敗するとバカにされるよ」
  • 「すらすら言葉が出ないと変な人だと思われるよ」 などなど

 改善に必要なことは、「社交不安が言ってくることに言い返すことが出来ること」「社交不安の言いなりにならずに自分の思う行動をとること」です。
 社交不安の言ってくることに疑いの目を持てるようになれば、それを検証して社交不安を追い払うこともできます。これが「行動実験」と言われる方法です。これらを問題となる場面で練習していくことがカウンセリングとなります。

薬物治療とカウンセリングの違い

 薬物治療が薬を用いて社交不安を眠らせていると例えるなら、カウンセリングは、社交不安から影響を受けている自分を強くするようなものです。自分が強くなるので再燃再発が少ないと考えることが出来ます。

 薬で社交不安を眠らせていれば、社交不安が眠っている間は自由に行動をとることができます。しかし、社交不安がいつ起きないかとどこかびくびくしていたり、社交不安が起きそうな場面は避けて生活することになります。この「回避行動」があるので社交不安症は治りにくいのです。
 カウンセリングで行うのは、社交不安に言われたことに言い返し、言いなりにならずに自分の思うような行動をとることです。自分がどう振舞えるようになりたいか、目標設定が大事です。思うように行動をとっていると、不安になることがなくなっていきます。それが良くなるということです。

 社交不安症の認知行動療法では他にも様々な方法が開発されており、それらを必要に応じて適用していくことになります。
 しかし、症状の対象化と疾患教育がなされ、症状に対して違和感が持てるようになっていないと、その先に進むのは難しくなるように思います。

 あまりにも思考が固い場合は現実と思考をわけ難いため、お薬による補助が有効になる場合もあります。お薬単体で寛解まで行かなくとも、症状がいくらか和らげばカウンセリングが進めやすくなります


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文献