認知療法学会に入っていると会員は「認知療法NEWS」という物が読めます
最近の認知療法NEWSは近況報告ばかりでおもしろくないのだけど、昔のものはベックやジュディスのセッションを逐語で解説してあったりして、読んでておもしろい
バックナンバーを読んでると「禁煙のCBTと禁煙のREBT」という企画があったので今日はそれを書いてみます
CBTは認知行動療法、REBTは論理情動行動療法の略です
Table of Contents
禁煙のCBT(認知行動療法)
タバコは嗜好品と言われていますが、医学的には「精神作用物質」に他なりません
タバコを毎日吸い続けると、タバコを吸わなければ不安、抑うつ、不快感といった苦痛に苛まれるようになります。これがニコチンの離脱症状で、身体依存の原因となるものです
この苦痛はタバコを吸えば軽減されるため、喫煙者は「タバコが心を落ち着かせてくれる」と錯覚するのですが、苦痛の基である離脱症状の原因はタバコそのものです
タバコが吸えない苦痛と、タバコを吸った時の苦痛からの開放は日常生活を大きく支配するようになるため、多くの喫煙者は禁煙が困難となります
タバコは医学的に見れば「依存性薬物」にほかなりません。禁煙治療とは依存症治療です
離脱症状を緩和するのがニコチンパッチなどの薬物療法ですが、うまくいかない禁煙希望者も少なくありません
それまでの数万回から数十万回の喫煙行動の体験から、「苦痛を感じた時に手っ取り早くそれらを緩和してくれるのはタバコである」「タバコを吸わなければ耐えがたい苦痛に苛まれ続ける」などの認知が成り立ってしまい、喫煙行動を消去することが困難となっている、という仮説が考えられます。そこで薬物療法に加えてCBTの併用が試みられています
喫煙行動の認知行動モデルでは、苦痛を感じた時のコーピングのひとつが喫煙行動だと考えることが出来、不適切なコーピングをやめ、適切なコーピングに変えていこうというのが基本的な考え方になります
禁煙のCBTのすすめ方は、喫煙行動が生じた時の状況(先行刺激)をうかがい、その時にどのような自動思考が生じて、喫煙行動に至ったかを聞いていきます
自動思考がどのような感情や喫煙行動と結びついているかを検討し、その他の適切なコーピングに変えられないか、同定した自動思考以外の思考を検討していきます
例えば、仕事からの帰り道にタバコを買って吸ってしまう喫煙者の場合,「家にこのまま帰ってタバコなしでは寂しい」「今回だけ買って,それで最後にしよう」という自動思考が働き,そこから「落ち着かない」「寂しい」といった気分・感情が生じ,結局タバコを買って吸ってしまう行為から離れられません
「家にこのまま帰ってタバコなしでは寂しい」という自動思考に対しては,「こう考えると,ますます寂しくなり落ち着かなくなる」「他人に対してなら,少し寂しいくらい我慢しろと言える」「別なことに集中すれば夜も過ごせるのではないか」といった新しい思考が,また「今回だけ買って,それで最後にしよう」という自動思考に対しては,「こう考えていることによって,延々とループし,いつまで経ってもやめられない」「他人に対してなら,ここで買ったらまた同じことの繰り返しだから買うなと言える」「タバコがなくなったときこそ,もうこれ以上買わないと思おう」といった新しい思考が出てきました。この新しい思考に基づいて,行動を変えてみる……といった形になります
うつ病の認知療法と比べると、自動思考に対する別の考えがめちゃ厳しめのアドバイスになってて斬新なんだけど笑、禁煙のCBTではこんな感じなのかな?
禁煙のREBT(論理情動行動療法)
初回から3回目まで服薬指導、心理教育、生活指導に費やすため、REBTを導入するのは4回目以降になります
CBTとREBTはよく似た技法ですが、前者が「推論の誤り」に焦点を当てるのに対して、後者は推論が事実であると仮定した場合に喚起される「信念」を抽出します
例えば,「吸わないと友人関係が破綻する」と嘆く患者に対して認知再構成法では「破綻する可能性は何%か?」という問いかけをするかもしれません。それによって患者は「結論の飛躍」「全か無思考」といった推論の誤りに気づき、禁煙の継続が可能になる可能性があります。推論の誤りに対するアプローチが功を奏さない場合,はじめて信念の同定にとりかかります(下向き矢印法)
REBTでははじめから『吸わないと本当に友人関係が破綻する』と仮定したうえで「なぜ友人関係が人生に必須だと決まっているのか?」と哲学的な問いを投げかけます。これにより,他者との関係を絶対視する人生観を再検討する機会が生まれ,禁煙の継続が可能になります
推論の誤りに目を向けないのは,悪い結果に遭遇する場合に励起される「許されない」「耐えられない」等の信念を明確化しやすくするためです
ニコチン依存では,喫煙直後からゆっくり発現し漸増する離脱症状が,ニコチン摂取によって即座に緩和される「負の強化」によって喫煙行動が維持されます
ニコチン自体に快感覚を生起させる中枢効果はないので,離脱症状のない状態ではニコチンの報酬効果は存在しません。喫煙者が人生で最初に吸うタバコや,禁煙してしばらくして吸うタバコが不味いと感じるのはこのためです
喫煙者の主観としては,離脱症状だけでなくあらゆる不快感覚全般が喫煙で打ち消されるように認識されるので,「タバコはストレス解消になる」との推論の誤りが生じやすいです。この推論の誤りは,うつ病などに見られる悲観視方向の偏りではなく,むしろ楽観視方向の偏りであるが故に,修正しようとする治療の試みに対して強い抵抗が生じます
REBTでは,推論の誤りを標的にせず,その背景にある信念に介入します
患者が「タバコはストレス解消になる」と感じていても,その認知はひとまず真実だと仮定して,「ストレスの解消は絶対に必要なのか?」との論点で患者と話し合うことになります
そのような検討が成功すると,患者は「禁煙してストレス解消のアイテムがなくなっても,吸い始める前に戻るだけだから大きな支障はない」と気づいたり,「ストレスを解消するのは健康を維持して家族を養っていくのに必要だからで,健康や家族を犠牲にしてストレスを解消するのは本末転倒だ」と気づいたりします
面接の中で生み出した新しい信念は,すぐに患者の実生活に根付くわけではありません。カード等に書いて持ち歩き,喫煙衝動が生起する場面など問題状況で奏功するかどうかの行動実験を宿題として繰り返すことで,徐々に新しい信念を行動選択の規範とすることが強化され,自らの人生哲学としてなじんでいきます
REBTは最近たくさん本を買ってわたし勉強してるのだけど、ガイドする方向がCBTとずいぶん違う。「吸わないと友人関係が破綻する」に対して「友人関係は人生に必須なのか?」と問いかけてるけれど、わたしだったら「友人関係がなくなるとどんなところで困りますか?」と聞くと思うし、「ストレス解消は絶対に必要なのか?」と聞いている部分だと「ストレス解消しないとどうなりますか?」と問いかけて問題解決的な予測を引き出すと思う。でも確かにその問いかけだと哲学的ではないので、前者の方がREBTなのかもしれない。とりあえずの所禁煙のCBTは、不快感覚から喫煙行動に移る間に思考を挟んでワンクッション置く、ということをしているのかなと思う。
認知再構成法がうまくすすめられないカウンセラーは、問題とする自動思考とその切り出し方がわかってない人が多いです。対象とする自動思考について大まかに分けると、不安が問題の場合は、起きそうな最悪の結果を避けようとすることで不安が維持されるので、評価となる自動思考を問題にして、うつの場合は、悲観的で絶望的な予測をすることでうつが維持されるので、推論となる自動思考を問題とする、という分け方でいいと思います。あとは新しく産出された推論なり評価なりを行動実験的な方法で検証して確信を強める、ということを追加するといいと思います
文献
認知療法News 61号